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3.放射線被曝と安全管理

被曝限度(許容量)は安全と危険との境界ではない

3−1図 過剰相対リスク 放射線影響研究所のページ
(http://www.rerf.or.jp/radefx/late/cancrisk.html)
から引用

 3−1図は広島・長崎での原爆による高線量被曝者の固形癌(白血病を除く癌)発生率と無被曝者の固形癌発生率との比から1を引いた「過剰相対リスク」を被曝量の関数として表したものです。このデータは戦争で核兵器が使われたという悲劇によるものです。被曝した瞬間にいた場所の爆心地からの距離が分かれば外部被曝線量が精度よく求められます。内部被曝が考慮されていませんが、今後人体を対象にしたデータを収集できる機会があることを期待してはなりませんので、貴重なデータになります。被曝線量をグレイで表示していますが、ガンマ線が大部分であるとすると、そのままシーベルトと読み替えることができます。データが原点を通る直線に沿って分布していれば、癌発生リスクが被曝量に比例していると言えます。この勾配の値(1シーベルト当たり約0.5倍の過剰リスク)を使い、無被曝者の死因の20%が癌であるとすると、1シーベルトの被曝者10人に1人の割合で癌死すると計算されます。

 100または200ミリシーベルト以上では被曝量と癌死リスクとが比例することが広く受け入れられています。それ以下でも比例しているのか、どちらかにずれるか、このデータから結論を導き出すことはできません。精度をあげるために再実験することはできません。専門家の間で意見が一致していません。軽い被曝には安全となる「しきい値」があり、それ以下ではかえって健康によい「ホルミシス効果」を示すとするデータがある一方で「ペトカウ効果」は低線量域でこの直線よりも上に凸の(平方根関数に似た)曲線になる可能性を与えています。これらの議論の精査を避けて、ムラサキツユクサが低線量でも直線に合うという理由で、国際放射線防護委員会(ICRP)は低線量域でも直線の関係(しきい値なし線形モデル)を採用しています。1シーベルト当たりの過剰リスクとして国連科学委員会は10人に1人の値を採用していますが、ICRPは「低線量・低線量率」という非定量的な理由でこの半分に値切って20人に1人の値を採用していることは問題です。なぜICRPはそのような恣意的なことをするのでしょうか。

 日本を含む多くの国の放射線障害防止に関する法令ではICRP勧告を基準にして制定されています。ICRPは非営利組織ですが国際的な原子力機関や各国の機関(日本は原子力研究開発機構)から助成金を受けているので、原子力発電推進を前提としています。次に示すICRPの被曝低減の標語の後退はICRPの体質を如実に示しています(ウィキペディア「国際放射線防護委員会」から引用)。

 このようにICRPは原子力発電に障害とならない範囲に放射線被曝リスク評価を押し込めようとします。放射線の脅威について意見が対立する場合、「少なくてもICRPの評価以上の大きさのリスクがある」と主張すべきです。IPCRの「合理的に達成できるだけ低く」(経済活動に差し支えない範囲で規制)の立場に基づいて再処理施設に濃度規制が適用除外されています。福島原発事故で年間20ミリシーベルトまで放射能汚染した地域に住民が戻って30年生活すると、ICRP基準でも、50人に1人の割合で癌死に至ります。誰が犠牲になるかは「神様」が決めることです。何時誰が犠牲者になるかが分からないことを理由にして、安全だと考えてはなりません。多数の犠牲者が出るような苦痛を福島県民に押し付けてはなりません。

 ICRP勧告を根拠として制定された「被曝限度(許容量)」等は安全と危険との境界を示すものではありません。危険範囲の中で被曝限度を扱っているのです。このことは勧告でも非常時に500ミリシーベルトまで限度を引き上げることを容認していて、福島の事故発生時に厚生労働省が一時的に作業員の限度を50ミリシーベルトから250ミリシーベルトまで引き上げたことからも理解できます。この条件で被曝をした場合に、「危険手当」として金銭で補償される可能性はあっても、犠牲者にならないことを誰も保証できません。危険を承知の上で緊急性・必要性に応じて限度を設定しているだけです。非常時でなくても放射線作業に従事する「職業人」は仕事上の理由で、危険を承知の上で限度内の被曝作業しています。健康診断や治療のために被曝する場合は「被曝しないことによる危険」(病気を見落とす危険)と「被曝することによる危険」とを受験者や患者が比較して選択できるので肯定されます。それに対して利益との選択の余地もなく「一般人」を被曝させ、「危険手当」相当の補償金さえ支払わない理由は全くありません。年間1.3ミリシーバルトの天然由来被曝がありますが、それを理由に、人為的原因での年間1ミリシーベルトの被曝を一般人に押し付けることを、正当化してはなりません。原子力政策のために国民を毎年1ミリシーベルトまで「無償」で被曝させる権利を政府が電力業界に与えているのです。煙草の嫌煙権が認められてきたように、たとえ低線量被曝がホルミシスによって健康によい場合でも、私たちには「嫌被曝権」があります。政府は無条件で一般人に対する原子力発電由来の被曝限度をゼロに設定すべきです。原発が本当に安全ならこれは可能です。「被爆限度」をゼロでない値に設定していることは原発が絶対に安全とは言えないことを認めていることになります。

100ミリシーベルト以下でも癌死のリスクが被爆量に比例するという英国医学誌の論文

日本経済新聞電子版2015年10月22日号に「 がん死亡リスク、低線量被ばくでも増加 欧米の原発作業員分析」という表題で以下の記事が載っていました。

 欧米の原子力施設で働く30万人以上を対象にした疫学調査で、100ミリシーベルト以下の低線量被曝(ひばく)でも線量に応じてがんによる死亡リスクが増えたとする分析結果を、国際チームが22日までに英医学誌BMJに発表した。  国連科学委員会などは被曝線量が100ミリシーベルト以下では明確な発がんリスク上昇を確認できないとの見解を示している。  チームは100ミリシーベルト以下でも白血病のリスクが上昇するという調査結果を既に発表。英国、米国、フランスの原発などで1944〜2005年の間に1年以上働いた約30万8300人のうち、白血病以外のがんで死亡した1万9064人について分析した。  分析の結果、被曝がなくてもがんで死亡する可能性を1とした場合、1ミリシーベルトの被曝ごとに1万分の5程度死亡リスクが上昇すると推計され、上昇率は高線量のデータと同程度だったという。1万9064人のうちでは、209人が被曝により増えたがん死と推定されるとしている。〔共同〕

この結果は3−1図の直線を100ミリシーベルト以下でも原点まで延長できることを示しています。

低線量被曝のホルミシス説は要注意

3−2図 微量の被曝は健康によいとするデータ 『図面集2001』から引用

 3−2図の右側では無被曝者(緑の棒)より軽い被曝者(薄紫の棒)の方が癌による死亡率が低いという傾向を示しています。左側も明快ではありませんが、被曝量の大小で同様の傾向を示しています。これはICRPが放射線の低い線量でも癌死の確率が被曝量に比例すると扱ってきているのに対して、低い被曝には安全となる「しきい値」があり、それ以下では体のさまざまな活動を活性化されるので健康によいとするホルミシス説を支持するデータとされています。電気事業連合会の『図面集2001』にこの図が採用され、「低線量では放射線が生体に良い影響を与えるといったようなデータも報告されており、調査・研究がすすめられている。」という説明が付いています。しかし『図面集2011』では削除されています。このようなお粗末なデータを使っていては原発推進の障害になると気づいたのでしょうか。日本では電力中央研究所から主要な大学に研究費が提供されてホルミシス効果を検証するための研究が進められています。電力会社が資金を出し合って設立した電力中央研究所がなぜこのような研究をするのか、その意図が丸見えです。研究費を提供された研究者の姿勢も想像できてしまいます。ホルミシスを主張する学者は誰も自分の子供や孫の健康ために放射線を浴びせてはいないのです。予想通り、福島第1原子力発電所の大事故による放射線被曝を「健康によい」と主張した御用学者が現れました。

 私はデータ収集過程を含む生のデータを持っていないので、線量率、線量総量、被曝者の健康状況などのどのような条件でホルミシス効果があるのか分かりません。原子力発電所の事故による多数の被曝者の様々な被曝条件の違いを考慮せずにまとめて健康によいと主張するようでは信用できません。またホルミシス説の提唱者が論文『原爆の健康効用』で「原爆(アメリカ国内での原爆実験)は健康を促進した面がある」と主張していることからもホルミシス説の目的が見えてきます。

 ホルミシス効果の有無について定量的に信頼できるデータを収集して欲しいと思います。その成果が管理された条件の下で医療に利用できるなら歓迎します。医療被曝などで被曝による利益と不利益とを比較して、自分の意志で被曝を選択することは肯定できますが、事故などで他人の意思に反して、選択の余地も無く、放射線被曝させることをホルミシス効果によって正当化することは許せません。

値切られてきた安全対策

 原子力発電の安全基準を引き上げると発電経費も高くなります。そのために原子力発電を推進する場合には安全基準をあるレベルで妥協することになります。この妥協を隠すために電力業界は「絶対安全」というあり得ない主張を押し通してきました。これが原発の「安全神話」の起源となりました。

 『原発のコスト』によりますと、チェルノブイリ事故以後、原子力安全委員会でシビアアクシデントの検討が行われましたが、1992年に次のような問題のある決定をして、シビアアクシデントを軽視し、電力会社の自主的対策に委ねてしまいました。

 日本の原子炉については、「設計、建設、運転の各段階において、(1)異常の発生の防止、(2)異常の拡大防止と事故への発展の防止、(3)放射性物質の異常な放出の防止、といういわゆる多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策を行うことによって」、安全性が「十分に確保されている」。それゆえ、「これらの諸対策によってシビアアクシデントは工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は十分小さいものとなっており、原子炉施設のリスクは十分低くなっていると判断される」

 日本の原子力発電は例外なく海のそばに設置されています。海水を冷却に使うのでそのことは当たり前のことと考えられているようですが、日本よりも多くの原子力発電所を設置しているアメリカやフランスでは大部分が内陸に設置され、川の水でも十分冷却できています。津波大国の日本で原子力発電所を、津波の餌食になるように、海辺に作ることこそ異常です。

 重大放射能汚染事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所の原子炉を作ったゼネラルエレクトリック社が海抜35メートルの高台を15メートル削って20メートルの高さの上に設置することを提案したにも拘わらず、東京電力は25メートルも削って海抜10メートルの上に発電所を設置しました。冷却のための海水を汲み上げる高さ10メートル分の経費を節約するためです。また2008年、東京電力内部で明治三陸津波で15.7メートル、貞観地震で9.2メートルの津波になるという大津波試算をしておきながら経営者はこれを想定外と扱い、原子力安全保安院への報告は大震災の4日前まで遅らせたことが震災後に発覚しました。東日本大震災の15メートルの高さの津波で放射性廃棄物を制御管理できない状態に陥りました。福島第一原子力発電所の重大事故の原因は、科学的試算でも都合が悪いものを「想定外」として対応しなかったこと、つまり経済性のために安全性を値切ったことにあります。東京電力の試算結果の報告を受けてから大震災まで4日では対応できませんが、何の行動も起こさなかった原子力安全保安院の怠慢も問題です。

 一方、東海第二原子力発電所では2010年9月に防潮堤の高さを1.2メートルかさ上げしました。東日本大震災の津波は元の高さを50センチ超えるものでしたが、このかさ上げの結果、辛うじて福島第一原発並の大惨事を免れました。1000年に1度の災害に1000年近くの猶予期間があるのではありません。すぐにでも対応する必要があることを東海第二原発の例は教えています。

 東京電力は福島第1原発が津波で全ての電源を失う可能性があると、2006年から認識していたと2012年5月15日に明らかにしました。2004年のスマトラ島沖地震で発生した津波でインドの原発が被害を受けたため、原子力安全・保安院と原子力安全基盤機構は、06年に津波で原発の敷地に海水が浸水することについて勉強会を始めました。勉強会では、福島第1原発の場合、津波が敷地に浸水すれば建屋内に海水が入り、非常用ディーゼル発電機などが水没し、機能を失う危険が認識されました。保安院はオブザーバーとして参加していた東電に対し、このことを上層部に伝えるよう指示しましたが、東電は何の対策もとってきませんでした。福島第1原発大事故は安全性軽視の東電の体質が原因の人災以外の何物でもありません。

 地震に対する評価が甘すぎる場合も目立ちます。2007年の中越沖地震で、東電の柏崎刈羽原発は3号機の変圧器の火災や放射性物質の漏洩を含む甚大な被害を受けました。しかし中越沖地震はマグニチュードは6.8で3年前にあった中越地震と同じ中規模の地震に過ぎません。それでもこのように甚大な被害を受ける東電の技術力の低さには呆れるばかりです。どうして震度7の揺れを引き起こす軟弱な地盤に原子力発電所を設置したのでしょうか。東電の柏崎刈羽原発は用地買収、漁業者との交渉成立の後で地盤のボーリング調査を行い、軟弱な地盤であることに気づいても損失を出さないために安全性に問題がないとして設置を進めました。東電は3号機原子炉建屋基礎で193ガルの地震を想定しましたが中越沖地震では384ガルが記録されました。分かっていても、経済性優先のために、想定を値切ることが大事故の原因です。

 中部電力浜岡原子力発電所は地盤の危険性を強く指摘されていたにも関わらず、活断層の上に強引に建設されました。福島第一原子力発電所の事故がなければ運転が継続されていたでしょう。

 12月26日、事故調査・検証委員会の中間報告が公表されました。その中で津波による過酷事故を想定せず対策が甘かったこと、国や東電の不手際で事故を広げた可能性があることなどが指摘されています。


どんなに安全対策を講じても放射能汚染の可能性は残る

 福島の重大事故の後でも政治家の口から安易に「原発の安全性を高める」という言葉が出されていますが、重大汚染事故が起こらないようにするにはどれだけ経費が必要であるか知っているのでしょうか。ドイツでは一時、飛行機が原子力発電所に墜落することも想定する安全基準に改める方針を決め、その後全面撤退に向かいました。1988年に普天間基地の大型ヘリコプターが伊方原子力発電所から1キロのみかん山に墜落した事故がありましたのでドイツの想定は非現実的ではありません。また1981年にイスラエルがイラクの使用前原子炉を爆撃して破壊した事件がありました。この事件を受けて1984年に日本の外務省でも原子炉に対する攻撃の影響を研究しましたが結果を隠していました。自然災害によらなくても、飛行機事故または悪意を持った攻撃によって原子力発電所が破壊されることはあり得ます。

 1979年に炉心溶融事故を起こしたアメリカのスリーマイルアイランド原子力発電所は飛行場に近いという理由で原子炉容器を頑丈に作っていました。溶融事故は飛行機墜落ではなく操作ミスが原因で起こりました。アメリカでは2001年9月11日の同時多発テロを受けて、原子力規制委員会(NRC)が原発に航空機が激突しても事故が拡大しない方針を纏めて電力会社に行政命令を出していました。日本のアメリカ並みの安全対策を講じていれば福島第一原発の大事故を防げました。対応する時間が十分あったにも関わらず、この情報を握りつぶした原子力安全・保安院の責任は重大です。福島第一原発事故は明らかな人災であり、賠償責任の一部を保安院(経産大臣)も負うべきです。『朝日』2012年1月27日号の記事を下で紹介します。

 経済産業省原子力安全・保安院が、テロによる原発の全電源喪失に備えて米国で義務化された対策を2008年までに研究していたにもかかわらず、電力会社などに伝えず、活用していなかったことが分かった。現実的な危機と考えず、「想定外」としていたためだ。この対策がとられていれば、東京電力福島第一原発事故の被害の拡大を防げた可能性があると、東電や政府関係者は指摘する。
 政府の事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)はこの経緯について、保安院担当者らから聞き取り調査を行った。事故調は7月の最終報告に向けて、災害対策の不備の背景要因についても調べを進めている。 このテロ対策は、米原子力規制委員会(NRC)が同時多発テロが起きた後の02年2月、原発に航空機が激突しても事故を拡大させないことを目指して義務化。この非公開の対策を義務づけた行政命令の条項から「B5b」と呼ばれる。
 B5bに基づいて06年にまとめられた指導文書によると、米国内の原発(104基)を対象に全電源喪失事故に対応するため、持ち運びできるバッテリーや圧縮空気のボトルなどの配備▽ベント弁や炉心冷却装置を手動で操作する手法の準備▽これらの手順書の整備や運転員の訓練――を義務づけている。
 保安院元幹部らによると、保安院は06年と08年に米国に職員を派遣し、NRC側からB5bに関する詳細な説明を受けた。その後、保安院はB5bの対策を、国内の原発の事故対策や安全規制にどう活用するか検討を続けた。だが、原発での全電源喪失やテロは「想定外」として緊急性の高い課題とは考えず、電力会社や内閣府原子力委員会などに伝えていなかったという。
 福島第一原発1〜4号機では、東日本大震災で津波に襲われた後、電源が全て失われて原子炉が冷却できず、ベント弁の操作に手間取った結果、炉心溶融や水素爆発が起こった。NRCのビル・ボーチャード運営部長は、福島第一原発の事故後に米国で開かれた公聴会で「(B5bは)日本で起きた非常に深刻な事態にも対処できる」と述べている。
 保安院の原子力安全技術基盤課は「(米国側の要請で)内容は話せないが、NRCからB5bに関して情報提供を受けたのは事実だ。取り組みに迅速さが欠け、過酷事故対策や安全規制に活用されていなかったとの批判については、大事故を二度と起こさないための教訓として今後に生かしたい」としている。

 さらに原子力発電所を2-12図に示す高レベル放射性廃棄物の地層処分のように地下深くに建設すれば飛行機事故や攻撃を避けたり、破壊された場合でも放射能汚染の拡大を抑えたりできると思いますが建設費が膨大になるでしょう。この「大深度地下原子力発電」でもまだ安全とは言えませんので、「安全な原子力発電」はそれ以上高くつくものなのです。ですから「経済的な原子力発電」は安全性を大幅に値切った「危険な原子力発電」の同義語です。安全性を本当に向上させれば際限なく経費がかかり、火力発電より遥かに高くなります。「安全で経済的な原子力発電」は空想の世界にしか存在しません。

 本当に安全にできるなら、わずかでも放射能漏れを起こしたら即廃炉という条件で原発運用を申請できるはずですが、そのような技術水準の電力会社は存在しないでしょう。

原子力安全委員会も汚染している

3−3図 原子力安全規制の全体像 『図面集2011』から引用

 この図の表題にある「原子力安全規制」は「原子力安全の規則」とも「原子力安全を制限」とも解釈できます。建前は前者ですが実態は後者になっています。電力業界は原子力安全対策を値切るためのシステムに「原子力安全・保安院」ばかりでなく「原子力安全委員会」も取り込んできたからです。2002年の東京電力の福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所、柏崎刈羽原子力発電所でのシュラウド(炉心隔壁)破損の事故隠しとデータ改竄を原子力安全保安院へ内部告発があった時、保安院は調査するのではなく告発した作業員の名前を東電に知らせ、作業員が解雇された事件がありました。経済産業省所属の保安院が東電とぐるになっていることは周知の事実です。

 原子力安全委員会のメンバーは政府が任命しますが、政府自体が電力業界と癒着している以上、公正な審査は期待できません。『朝日』2011年12月19日号に次のような報道がありました。

 内閣府の原子力安全委員会=班目(まだらめ)春樹委員長=で原発の安全を審査する審査委員76人(12月現在)の半数近い37人が、過去5年に、審査される立場にある電力事業者とその関連組織に所属していたことがわかった。安全委への自己申告から明らかになった。
 安全委は電力事業者や国を指導する立場にある。多くの審査委員が、審査する側とされる側の双方に所属していたことになり、線引きがあいまいな実態が浮かんだ。
 審査委員は大学などで原子力や耐震性、放射線を専門とする研究者らで非常勤。安全委は2009年、電力事業者や原子力関係機関、学会、行政庁との関係を審査委員に自己申告させて公開することを決めたが、2年以上公開を怠っていた。朝日新聞が今年11月に指摘し、ホームページで初公開された。
 朝日新聞が分析すると、計32人の審査委員が、安全委の審査を受ける電力事業者・原子力関係機関の設置組織で原子力に関する助言をするメンバーに就いていたり、電力事業者の常勤職員を務めていたりした。

 また『朝日』2012年1月1日号に次のような報道がありました。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故時、中立的な立場で国や電力事業者を指導する権限を持つ内閣府原子力安全委員会の安全委員と非常勤の審査委員だった89人のうち、班目(まだらめ)春樹委員長を含む3割近くの24人が2010年度までの5年間に、原子力関連の企業・業界団体から計約8500万円の寄付を受けていた。朝日新聞の調べで分かった。
 うち11人は原発メーカーや、審査対象となる電力会社・核燃料製造会社からも受け取っていた。
 原子力業界では企業と研究者の間で共同・受託研究も多く、資金面で様々なつながりがあるとされる。中でも寄付は使途の報告義務がなく、研究者が扱いやすい金銭支援だ。安全委の委員へのその詳細が明らかになるのは初めて。委員らは影響を否定している。
 委員所属・出身の大学や研究機関に情報公開請求や直接取材した。首相が任命する安全委員5人では、班目委員長と元京都大原子炉実験所長の代谷(しろや)誠治委員、審査委員84人では22人。いずれも国立大の所属・出身で、企業・団体は研究助成の名目で大学を通じて指定の教授らに寄付していた。20人は審査委員に就任後も寄付を受け、少なくとも総計は6千万円に上った。
 寄付をしていたのは27社と2団体。審査委員が各1人いた慶応大と東海大は非公開、研究機関の独立行政法人と財団法人は個人あての寄付はないと回答した。

 これまでの原子力安全委員会の果たしてきた役割を考えれば、これらの新聞記事を見ても驚きませんが、福島の事故で思い知らされた原子力技術の低さと安全対策の不備を理解していない委員が原子力安全委員会を汚染し続けていることに驚きを越して怒りを感じます。

 1990年に策定された国の安全設計審査指針では「長時間の全電源喪失は考慮する必要はない」としていたことの妥当性を検討するために1991年原子力安全委員会に「全交流電源喪失事象検討ワーキンググループ」が設置されました。その作業部会で対策を指針に盛り込むことを検討しましたが、電力会社側が反発したために、東電と関電に「今後も長時間の全電源喪失を考えなくてもよい理由を作文するよう依頼しました。東電の「わが国の原発は米国の基準に比べると設計の余裕があり、十分な安全性が確保される」とする回答をほぼそのまま最終報告書に盛り込まれ、指針の見直しが見送られました。原子力安全委員会は2011年7月に作業部会の議事と関連資料を全て公表したとしましたが、2012年に業界側とのやりとりを示す内部資料が隠蔽されていた可能性が国会事故調に見抜かれ、資料提出を要求されました。その結果、上記のような経緯が明らかになったことが2012年6月4日の各新聞で報道されました。

 原子力安全委員会は経済産業省ではなく内閣府に属しているにも関わらず、電力業界の意向を無視できずに、安全性よりも経済性を優先する体質を持っています。このような「原子力村」の利権が日本の原子力発電の安全水準を引き下げ、福島の事故を引き起こしたのです。、日本の原子力技術はこのような体制でも安全を確保できる水準には達してはいません。原子力村を除染しない限り第2のフクシマが繰り返されます。

 「原子力安全委員会」という名称では公正な姿勢を貫けません。また「原子力安全委員会」という名称で「原子力安全」の存在を前提とすることも問題です。政府機関は「安全神話」からまだ醒めてないようです。フクシマ後でも核を制御できると主張するのは非常に傲慢です。せめてアメリカのように「原子力規制委員会」とするか、できれば「原子力危険防止委員会」とする方が核の脅威に対する姿勢が謙虚で役割が明確になると思います。

原子力規制委員会の課題

 2012年6月20日、原子力規制委員会設置法が成立しました。これまで経済産業省傘下の原子力安全保安院と内閣府の原子力委員会の機能を引き継ぎ、環境省の外局としての「原子力規制庁」がその担当組織となります。「規制」では「規則」という意味も「規則で制限する」という意味もありますので、これだけでは原子力推進のためのルールを扱う委員会にも原子力の問題点を洗い出して制限する委員会にもなります。設置された原子力規制委員会のホームページでは「規制」をregulation(単数形)としています。日本語の「規制」では区別できませんが、英語でregulationの単数形は「規則で制限」を、複数形は「規則」を意味します。単数形を使ったことは評価できます。しかし次の図で電気事業連合会の意図が読み取れます。

3−4図 原子力規制委員会 『図面集』から引用

 3−4図は『図面集』で原子力規制委員会の組織を表したものですが、表題では「原子力安全規制体制」と「安全」を追加していることに注意してください。委員会名は決して「原子力安全規制委員会」ではありません。「原子力は安全」という前提を押し付けるばかりでなく、「安全」を制限の対象にする電気事業連合会の意図も読み取れます。

 刑事裁判で検察側が被告に不利な証拠を積極的に見つけ出して弁護側と論争するように、原子力規制委員会は原子力利用の問題点を積極的に探し出して規制していくべきです。安全であるとして一度許可してきたことでも、危険をなくすために、運転中の発電所に対しても、何度でも条件を厳しくすべきです。アメリカでは原子力規制委員会の規制によって原子力発電は経済的に採算が採れなくなって新規建設が低迷しています。日本では採算が採れるように規制を甘くしてきました。日本の方がはるかに地震と津波の危険が高いので、採算性を無視して、アメリカ以上に規制を厳しくする必要があります。

 安倍首相は「世界一厳しい安全基準である」と根拠もなく主張しています。欧米では9.11テロ以後、大型飛行機の衝突や水素爆発、水蒸気爆発にも耐えられるように強固な2重構造の格納容器にすること、炉心溶融しても融けた燃料が格納容器から流れ出ないように「コアキャッチャー」をつけるようになっています。規制委員会の基準に「2重格納容器」や「コアキャッチャー」がないことについて、田中委員長は「既存の設備に設置するのは難しい」と弁解しています。炉心溶融で手のほどこしようのないフクシマの教訓を全く生かしていない新基準は安全対策費削減の基準に過ぎません。

 2014年に規制委員の交代があり、電力業界から疎まれていた委員が再任されず、業界から資金提供を受けていた者が委員に登用されてきています。「原子力」ではなく「原子力安全」を規制する委員会に変質しています。

愚かな原発再稼働


図3−5 世界の地震分布  気象庁のページから引用

 上の地図は世界の地震分布を示しています。日本より原発の多いアメリカやフランスでは原発は地震の少ない安定した地盤の上に立地しているのに対して日本の原発は全て地震多発地帯に作られています。さらに米仏の原発は殆どが内陸に立地しているのに日本の原発は津波の危険がある海岸線に立地しています。

 原子力規制委員会の新基準によってすべての原発が稼働停止した時期が2年続きました。その間その基準を満たす原発が規制委員会の審査を通り2015年8月に九州電力川内原発が再稼働されました。政府や電力会社は根拠を示さず「世界一厳しい基準」を満たしていると称していますが、たとえ「世界一厳しい基準」を満たしても「世界一厳しい自然条件」では「世界一安全」にならないことに注意する必要があります。規制委員会の田中委員長自身が「新基準は事故が起こらないことを保証するものではない」と明言していることを忘れてはなりません。保証なしで再稼働されているのです。

 2016年8月23日、内閣府の専門部会で原子力発電所事故の賠償制度の見直しに関する中間報告をまとめました。これまでは事故を起こした電力会社に金額の制限なく賠償を負わせる「無限責任制」から賠償負担を有限に限定する「有限責任制」に緩和するかどうかの議論が行われ結論を出していません。有限責任の場合には税金として負担が国民に押し付けられます。「安全」を自負するなら堂々と無限責任を謳うべきです。




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