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第5章 原子核の殻構造

原子核の殻構造

この図は結合エネルギーの測定値と計算値(質量公式からの計算)との差を核図表に対応して表示したものである。対角線に沿って測定値があり計算値との比較ができる。計算値は質量公式から予想されるように偶数奇数の違い以外に特別の陽子数、中性子数で周りからかけ離れた値はとらないはずである。この図で特別の陽子数、中性子数の所で差が大きいことに気づく。陽子数、中性子数ともに 8, 20, 28, 50, 82 の所で差が顕著で、中性子数では 126 もある。その数の位置を図では太線で示している。

このことは特定の陽子数、中性子数の原子核の結合が強い場合があることを示している。原子の場合にも特別の原子番号の元素が化学的に安定である(軌道電子の結合が強い)ものがあったことと似ている。原子の場合は原子核の周りを回る電子の軌道が殻構造をしている、とされたが原子核の中でも陽子、中性子の核内での軌道運動と殻構造があることを示唆している。

原子の殻構造との違い

 原子の場合は原子核の周りを回る電子の運動が太陽の周りを回る惑星の運動に似ている。これに対して原子核の中には原子核の質量を集中した「核」はもう存在しない。核内の核子は他の核子からの力を受けて平均的に中心からの力を受ける。これは球状星団に属する個別の星の運動と似ている。この平均的な力のために核子の運動も原子内電子と似た軌道運動が可能である。

 核子運動の平均自由行程が短いので軌道運動はしにくいと思われるが、パウリの排他原理のため、エネルギー交換が抑制され、実効的に自由運動のように軌道運動をする。

 原子の場合、各軌道毎の入れる電子数まで電子が入ると化学的に安定であり、それらの元素は化合物を作らない希ガスとなる。これに対応する原子番号を「魔法数」と呼ぶ。原子核でも同様に陽子軌道、中性子軌道で結合が安定になる陽子数、中性子数に「魔法数」がある。それらは次のようになる。
 陽子数  Z = 2(He), 8(O), 20(Ca), 28(Ni), 50(Sn), 82(Pb), (114)
 中性子数 N = 2, 8, 20, 28, 50, 82, 126, (184)
陽子と中性子とで魔法数がすこしずれるのは陽子間の電気的相互作用の有無による。原子の場合の魔法数は
 電子数  Z = 2(He), 10(Ne), 18(Ar), 36(Kr), 54(Xe), 86(Rn)
であったことを思い出すと、電子数の魔法数と陽子数の魔法数が微妙にずれている部分があることに気づく。陽子数の安定性は元素合成時に多く作られる傾向と結びつく。元素として存在量の多い(例えば酸素)ものは原子として活性(電子の魔法数から少しだけずれている)である。このようにこれらの魔法数の微妙なずれが、化学的に活性な元素がこの世に多い、つまりこの世は多様性に富む、という結果を与えているのである。

調和振動子模型による殻構造

 量子力学的に厳密解がわかっている「調和振動子ポテンシャル」での核子の運動を考えよう。そのポテンシャルは

V = - V0 ( 1 - (r/R)2 ) = (1/2)mω2r2 + const.
ただし
ω2 = (2 V0) / (m R2)

である。このポテンシャルでは特に r > R で非現実的な値を与えるが、解が解っているという利点を使う。ハミルトニアンは

H = p2 / 2 m + (1/2)mω2r2

とできる。量子数は
     直交座標で nx, ny, nz, ms, ( N = nx + ny + nz)
     極座標で  n, l, m, ms, ( N = 2 ( n - 1 ) + l )
Nn,l縮退度累計
01s22
11p68
22s,1d1220
32p,1f2040
43s,2d,1g3070
53p,2f,1h42112

で、エネルギー固有値 E は

E = ( N + 1 )h(bar)ω
軌道角運動量 l
l = N, N-2, N-4, ..., (1 or 0)
全角運動量 j は

j = l ± (1/2)

となる。量子数 N だけで決まったエネルギー固有値は (N+1)(N+2) 重に縮退している。このことを考慮して各エネルギー順位毎に入れる核子数を集計すると表のようになる。

この計算では N = 2 までが魔法数を再現できている。これはポテンシャルの取り方が単純すぎたためで、より現実的なポテンシャルで精密な計算が求められる。


Woods-Saxon ポテンシャルを使う場合

 より現実的なポテンシャルとして井戸型ポテンシャルをぼかした Woods-Saxon ポテンシャルを考える。ポテンシャルの関数形は
   V(r) = - V0/( 1 + exp((r-R)/a))
の式で与えられる。ここで R は核半径、a は表面のぼかし具合を与える( difuseness parameter と呼ばれる)パラメータである。 V0 は 50 MeV 程度が採用される。このようなポテンシャルの解析的な解は得られないが、数値的には解くことができる。調和振動子ポテンシャルの場合と比べて同じ N の中で異なる l のエネルギー順位が分離される。しかし魔法数を調和振動子ポテンシャルの場合以上に説明できる訳ではない。


スピン・軌道結合力を考慮する場合

 スピン角運動量 s と軌道角運動量 l との間に相互作用があり、そのポテンシャルを
   Vls = - Vso l・s / A2/3
と表す。ここで全角運動量 j = l + s の関係から
   l・s = (1/2)(j(j+1)-l(l+1)-s(s+1))
となる。s = 1/2 であるので、j = l + 1/2 と j = l -1/2 とが分離し、j = l + 1/2 の順位が下がってくる。

中性子のエネルギー準位

この図の左端は調和振動子ポテンシャルでの中性子のエネルギー準位である。図では等間隔に表示していないが、等間隔の準位で、n, l が違っても同じ N になるものは縮退している。左から2番目は Woods-Saxon ポテンシャルでのエネルギー準位で同じ N でも n, l が異なるものは別れている。3番目はさらにスピン・軌道結合力を考慮した場合でさらに j の違いで準位が別れている。次の ( ) の中の数字はその軌道に入れる中性子数である。右端は中性子数の累計で特に上の準位との間隔が大きいものを表示している。これは実験的に知られている魔法数を完全に再現している。

陽子のエネルギー準位は電磁力を含むので少し異なる結果になり、魔法数も 82 より大きい所で異なる。


殻構造で説明できること

  1. 魔法数
  2. 基底状態のスピン・パリティ
  3.  陽子も中性子も独立にスピンが 0, パリティが正になるように2個ずつ対を作る。そのため陽子数、中性子数が共に偶数の核種の基底状態は 0 スピン、正パリティで(例外なし)。質量数が奇数の核種は最後の余った核子の軌道で核のスピン・パリティが決まる(大部分)。

  4. 磁気双極子モーメント
  5.  陽子数、中性子数が偶数、偶数の核の磁気双極子モーメントは 0 である。
    陽子数、中性子数が奇数、偶数の核ではスピンが大きいと磁気双極子モーメントも大きい。
    陽子数、中性子数が偶数、奇数の核ではスピンと磁気双極子モーメントとの関係は見られない。

  6. 電気四極子モーメント
  7.  電気四極子モーメントの定義は e(3z2 r2) の期待値である。全角運動量 j の軌道に陽子が1個あるときには

    Q = - [(2j-1)/(2j+2)](3/5)e r02A2/3
    となるが、測定値はこれより大きめである。

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