原子核物理学 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第8章

第7章 核反応

核反応の運動学

X + a → b + Y

で表される反応を考える。ここで X, a, b, Y はそれぞれ標的核、入射核、放出核、残留核とする。この反応を

X(a,b)Y

と表現すると便利な場合もある。2体反応であるので反応平面を定義でき、その面内で運動を記述する。

 エネルギーの保存を相対論的に表現すると反応前に標的核は静止しているので

(ma + mX)c2 + Ta = (mb + mY)c2 + Tb + TY

となる。このことを使って次のように「反応エネルギー」(Q値ともいう)が与えられる。

Q = Tb + TY + Ta
= [(ma + mX) - (mb + mY)]c2

 これは反応による運動エネルギーの増加であり、静止質量エネルギーの減少でもある。

 この先は運動エネルギーが静止質量エネルギーに比べて充分小さい場合、すなわち速度が光速に比べて充分小さい場合を考え、非相対論的に扱う。進行方向と垂直方向の運動量の保存則を使って

(2maTa)1/2 = (2mbTb)1/2cosθ + (2mYt)1/2cosφ
0 = (2mbTb)1/2sinθ - (2mYTY)1/2sinφ
これからφ, TY を消去し Tbを求めると

(Tb)1/2 = (mambTa)1/2cosθ/(mY + mb)
± [(mambTacos2θ)/(mY + mb)2 + (mYQ + (mY - ma)Ta)/(mY + mb)]1/2

が得られる。2次方程式の根であり、正であることが要求されるので、解の数は Q, θ に依存する。放出粒子のエネルギーがθに依存する理由は質量中心(重心)が静止していないためである。標的核の質量が入射粒子、放出粒子の質量と比べて大きいほど、重心運動が小さくなるのでこの角度依存が小さくなる。

残留核が励起している場合

 励起エネルギーを Ex で表すと基底状態への反応と比べて残留核の質量が Ex/c2 だけ大きくなる。Q値では基底状態への反応の場合より Ex だけ小さい。この影響は放出粒子の運動エネルギー Tb にも反映する。そのため、逆に一定の入射エネルギーで放出粒子のエネルギー分布(スペクトル)を測定すれば、残留核の励起状態の情報が得られる。

断面積

微分断面積

 図のようにビームの広がりより充分大きな面積のターゲット(薄い膜)にビームを当ててビーム方向からθの角度に置いた検出器で核反応生成物を計測する。その計数 N はターゲットの厚さ(面積あたりの原子核個数)T、入射粒子個数 B、ビームスポットから見た検出器の立体角 dΩ、検出器の検出効率εに比例する。比例係数は反応の起こりやすさを与える量で微分断面積(dσ/dΩ)と呼ぶ。

N = (dσ/dΩ)・T・B・dΩ・ε

これが微分断面積の定義になる。微分断面積は角度θの関数である。

(積分)断面積

 これは微分断面積を立体角で積分したもので次のように定義される。

σ = (dσ/dΩ)dΩ = 0π(dσ/dΩ)・2πsinθ・dθ
名前から予想されるように断面積は面積の次元を持っている。

弾性散乱の微分断面積

 波数ベクトル kk = mv/(h/2π) で定義する。ただし m は m = (mamX)/(ma + mX) で定義される換算質量、v は相対速度である。

 入射粒子 a の方向を z 軸にとると、入射波は eikz
ターゲットから充分離れると波動関数は

ψ(r) = eikz + (eikr/r)f(θ)
となる。第2項は外向波である。これを使って
(dσ/dΩ)dΩ =(dΩに散乱される粒子数)/(入射粒子数の面積密度)
= |eikrf(θ)/r|2r2dΩ/|eikz|2
= |f(θ)|2
となり、次の関係を得る。
dσ/dΩ = |f(θ)|2

さらに変形して(途中省略)

f(θ) = (1/2ik)Σl=0(2l + 1)[ exp(2iδl ) - 1 ]Pl (cosθ)
dσ/dΩ = (1/k2)|Σl=0(2l + 1)exp(2iδl )sinδl Pl (cosθ)|2
δl を位相差(phase shift)と呼ぶ。この中に相互作用の情報が含まれている。測定値を l 毎に(部分波に展開して)解析する。

剛体球による弾性散乱

 低エネルギー極限

dσ/dΩ = a2, σ = 4πa2

 高エネルギー極限

σ = 2πa2

 後者は高速中性子散乱によって核半径を求めるのに利用される。

Rutherford 散乱

 相互作用が U = ZaZXe2/4πε0r で表される Coulomb 力である場合である。古典力学でも量子力学でも同じ断面積が得られる。

dσ/dΩ = (ZaZXe2/16πε0E)2・[1/sin4(θ/2)]
ここで dσ/dΩ, E, θは重心系での値である。この式は E2sin4(θ/2) に反比例するので、低エネルギー、前方で断面積が大きくなり、よく実験と合う。

核反応時間

直接反応

 相互作用をする2つの原子核の中の1個ずつの核子の間の1回だけの相互作用だけで原子核反応が終了する場合。反応時間は原子核の大きさ(約 10-14 m)を光速で通り抜ける時間が目安となる。大体の値は

(10-14 m) / (108 m/s) = 10-22 s
となる。

複合核反応

 標的核(X)と入射核(a)とが一体となった複合核(Z)を形成し、その後複合核が崩壊して放出核(b)と残留核(Y)とに別れる場合。反応時間は複合核の寿命に依存し、大体

10-19 s 〜 10-16 s
である。X1 + a1 ばかりでなく X2 + a2 も同じ複合核 Z を中間状態として作る場合がある。この場合、どちらの初期状態から複合核を形成したのかという情報は失われ、X1 ( a1, b ) Y と X2 ( a2, b ) Y とで断面積が比例する。(下図参照)

共鳴

 複合核の励起エネルギー (E) が固有状態のエネルギー (E0) に一致するように入射エンルギーを合わせると反応断面積で共鳴が起こる。断面積の入射エネルギー依存を式で表すと

σ ∝ 1/[(E - E0)2 + (Γ/2)2]

で与えられる。これは孤立した励起状態が1つだけある場合に適用される。ここでΓは共鳴幅と呼ばれ、図のように断面積最大値の半分の断面積に対応する幅を与える。

 複合核の寿命τ(反応時間)とΓとの関係は不確定性関係から次のように与えられる。

τ = (h/2π)/Γ

メスバワー効果

γ線の共鳴吸収

 励起状態にある核がγ線を放出して基底状態になるとき、すでに基底状態にある同じ核種の別の核がそのγ線を共鳴的に吸収して励起状態に移れるかどうかを考えよう。核がγ線を放出するとγ線が運動量を持ち出すので核は反跳を受けて反対方向に同じ運動量で運動する。E0, M, T, Eγ を励起エネルギー、原子核質量、反跳エネルギー、γ線エネルギーとするとエネルギーと運動量の保存から

E0 = Eγ + T
Eγ/c = (2MT)1/2
になるので、これを解いて

Eγ = E0 - (E0)2/2Mc2

を得る。γ線エネルギーは励起エネルギーより僅かに小さい。励起状態からγ線を放出してより低いエネルギー状態へ遷移する確率は核子放出による崩壊と比べれば遙かに小さいので励起状態の幅Γはこの差より小さい。従って共鳴吸収は起こらないことになる。この事情は基底状態にある原子核がγ線を吸収するときにも反跳を受けるので2重に働く。

無反跳共鳴吸収

 孤立した原子核(普通の核反応では孤立している)では反跳のために共鳴吸収は起こらないが、原子が固体結晶に強く結びついている特殊な場合には反跳は結晶全体で受け止められるので反跳エネルギーは無視できる程に小さくなる。これは原子核質量の変わりに結晶質量を考えれば理解できる。このようなことが起こることを1958年にメスバワーが発見したので、γ線の無反跳共鳴吸収をメスバワー効果とよぶ。

 191Os はβ崩壊で 191Ir の励起状態になり引き続きγ遷移により 191Ir の 129 keV の励起状態になる。この状態は半減期 0.11 ns で基底状態へγ遷移する。このγ線をすでに基底状態にある 191Ir に共鳴吸収させるために図のような装置を作った。 191Os, 191Ir をともに 160 K 以下に冷却すると検出器での計数が減少する。これは共鳴吸収が起こり、検出器に到達するγ線が減少したためである。また 88 K では減少を起こさせておいて、線源を動かしドップラー効果により Eγ を微小変化させると、 v = ±2 cm/s 程度の運動で共鳴吸収から外れる。この場合、共鳴幅Γは

Γ = 2vE0/c

で与えられる。これから励起状態の精密な寿命が求められる。v/c が非常に小さな値になるのでこの方法の精密さが想像される。

メスバワー効果の応用

 核励起状態の寿命の測定にメスバワー効果は有効であるが、その他にも広い応用がある。まず、原子内の電場・磁場が原子核に与える効果を通じて、核励起状態の磁気双極子モーメントが得られる。さらに原子間結合状態、固体内の電子状態などの固体物理学への応用もある。

 さらに一般相対論の重力による光の赤方偏移の最も精密な証明実験も挙げられる。このことについて、少し記述する。1960 年パウンドとレプカは 57Co が電子捕獲とγ遷移の結果 57Fe の第1励起状態(半減期 98 ns)からの 14.4 keV γ線を基底状態にある 57Fe に共鳴吸収させる実験を行った。線源と吸収体とは 22 m の高低差をつけて設置された。高さ H の高低差での光(γ線)の相対的振動数変化は gH/c2 となる。H = 22 m でこの値は 2.4×10-15 となり、共鳴吸収から外れる。それを線源の移動によるドップラー効果で調整すると共鳴吸収を起こすことができた。10-15 のように小さな変化を検出することは原子時計でも不可能である。メスバワー効果は最も精密な時計であるとも言える。

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